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アッシジはペルージャからバスで約1時間、小高い丘の上にある。バスは南の端に到着する。そこから徒歩でドゥオーモまで下り坂を行く。道の両側はおみやげ物やレストランが沢山あリ、まるで門前街のようだ。 聖フランチェスコは清貧の人で知られる。当時の派手なバチカンとは一線を画し、独自の修行を通じて清貧の修行を説く独特の教説を唱えた。アッシジの周囲にはフランチェスコが修行した洞窟などが沢山あリ、ローマ近くのスポレートにはそのままにフランチェスコ派の修行場の洞窟が残っている。禅宗の修行に似ていると言うと、どちらにも失礼にあたるだろうか。 あまりの信者を集め批判的な態度であったためバチカンは破門にする。しかし信者の増加の勢いはとまらなかった。やがてバチカンは破門を取り消す。 ドゥーモは彼の主張を反映するようにいたって簡素で、ローマに見られるような様々な彫刻や彫像などは全くと無く、内部は壁画しかない。信仰とは何かを改めて考えさせられる。 写真をクリックしてスライドショーでご覧下さい。 |
キアラという教会の名前や人名をイタリアを旅行していると良く聞いていた。この人はフランチェスコに心酔して出家した人だった。姉妹会という修行の会を任される至っている。いろいろなところで名前が使われていることからこの聖人の慕われ方が推して知れる。フランチェスコとキアラの物語は「物語 イタリアの歴史」(藤原道夫、中公新書)に詳しい。 大聖堂にお参りを済ませて坂道を登る途中のレストランに入る。バスの時間もあったのでツーリストメニューで昼食を取る。日本言えば定食だが、これが美味しかった。残念、写真をとり忘れている。 バスの停留所で待っていると、学生が沢山やってきた。ここの修道院の建物は今は学校として使われているものがいくつかあり、バスも通学用に共用されているのだ。若々しい活気のある声が車内に響き渡っていた。ペルージャ近くなると入れ替わりに地元の人が乗りあってきた。深くしわを刻んだおばあちゃんの顔を見ているとなぜかほっとするものだ。
【概略の行程表(ご参考);シチリア情報の頁、2009/10データ】 | ||
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